研究概要

代表者氏名山崎 嘉那子(やまざき かなこ)
代表者所属機関京都大学大学院人間・環境学研究科
共生文明学専攻
役職・課程修士課程
助成年度2022年度

研究テーマ

演劇実践による地域の福祉ケアの変容に関する人類学的研究
ー岡山県奈義町の演劇ユニットOiBokkeShiを事例にー

研究概要

近年、欧米の個人主義的人間観を前提とする行政を中心とした福祉制度によるケアに対する代替案の需要の高まりが指摘される。そのような中、認知症や障がいと共に生きる人々による演劇実践が国内外で注目を浴びている。

本研究は、フィクションである演劇実践が地域の介護・福祉ケアの論理と実践を如何に変容させているのかを人類学的視座から解明することを目的とした。そのために本研究は、演劇をまちづくりの柱のひとつとする岡山県奈義町で認知症や障がいと共に生きる人々と活動する演劇ユニットOiBokkeShiに着目し、演劇ユニットの実践が町の介護・福祉ケアに与える影響を、参与観察、半構造インタビューによって調査した。

結果として本研究からは、演劇ユニットは地方創生事業を足がかりに町の包括ケアシステムを担う介護・福祉・医療アクターや町民との関係を築き、演劇ワークショップの断続的な実施によってそれらに影響をもたらしてきたことが明らかとなった。演劇ユニットOiBokkeShiの活動は演劇において平田オリザが提唱した「関係性の演劇」、また介護の分野において三好春樹が提唱した「関係障害論」から影響を受けた関係論的な演劇手法である。その手法には二つの特徴が見られる。第一に、個人の能力や可能性を関係性や環境との関わりにおいて可変的なものとみなし、環境や関わりの側をカスタマイズする点。第二に、課題の解決を目指すのではなく、課題を課題としてしまう環境や関わりの側の変容を模索する点である。この二つの特徴は、演劇がフィクションであり、演劇の物語が一定の強度を保つ範囲で作り変えることが可能であるからこそ、現実より容易に行うことが可能となるものである。演劇ユニットOiBokkeShiは演劇実践を通じてそのような関係論的なロジックを奈義町の福祉ケアに持ち込み、複数の福祉ケアに関わるプロジェクトのアクターに変容をもたらしながら、その実践に影響を与えていることが明らかとなった。